夕張市内を歩き、夕張市の現状を眺めてみた

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道央道北・乗り鉄の旅(その2):夕張市内を歩く

主に青春18きっぷを利用した「駅弁」と少し「呑み鉄」、そして時々「撮り鉄」の旅を名古屋からお届けします。

昨年(2016年)11月、JR北海道から「当社単独で維持することが困難な路線」として、13線区が発表されました。半ば予想された展開とは言え、こうなると乗りたくなる浅はかな私。2017年3月、宗谷本線などへの「乗り鉄」の旅に出掛けました。



鹿ノ谷駅の時刻表が物語る夕張支線
⇒夕張市内を歩く(←今ここ
石勝線・夕張支線の乗車記録
札沼線・豊ヶ岡駅を再度訪問してきた
新十津川駅で写真を撮る
滝川駅で写真を撮る
留萌本線・末端区間廃止後の初の乗車
沿岸バスの旅・留萌~羽幌まで
沿岸バスの旅・羽幌~豊富まで
宗谷本線・豊富駅~南稚内まで
バスでノシャップ岬・雄大な利尻富士


●夕張市の地図です。本ページで登場する地名などは、こちらの地図でご確認ください。




 


夕張市の中心街を歩いてみる


夕張市は今後、南清水沢付近を核としたコンパクトシティを目指すようですが、従前の中心街は市役所付近のようです。今日は市街地の北にある石炭博物館近くまでバスに乗り、その帰りに中心街の様子を観察しつつ、夕張駅まで戻る事にします。まずは鹿ノ谷駅から、夕張鉄道バスの本社ターミナルまで歩くことにします。

中央バス・鹿ノ谷駅前バス停
北海道中央バスの「高速ゆうばり号」が、札幌とホテルマウントレースイ(=夕張駅)間を1時間40分程で結んでいます。主要時間、料金共にJRより有利です。1往復だけある岩見沢発着便は出入庫を兼ねているのでしょうか。

夕張市、若菜交差点の案内板
札幌への道路が分岐する若菜交差点にある観光案内板です。

夕張鉄道バスの本社ターミナル
若菜地区にある夕張鉄道バスの本社ターミナル。南清水沢からここを経由して新さっぽろ駅前まで夕張鉄道バスの急行便が運行されています。所要1時間20分程で、やはり鉄道より便利です。


鹿ノ谷駅から南へ約1.4km歩き、バスターミナルに到着。夕張鉄道は1975年(昭和50年)に廃止されましたが、夕張市役所付近にあった夕張本町駅から国鉄夕張線に並走し、ここ若菜地区のもう少し南、現在の平和運動公園付近から西に向かい、峠を越えて、室蘭本線の栗山駅を経由して函館本線の野幌駅まで53.2kmを結んでいました。

夕張支線の車窓からも並走区間の遺構としてトンネル跡や橋脚を見ることが出来ます。しかし、この夕張鉄道バスの本社ターミナルは位置的に廃線跡ではなさそうで、当然、鉄道の痕跡はありませんでした。

故宮脇俊三先生は生前、好んで夕張を訪れ、夕張をして「廃線の聖地」と位置付け、サイクリングロードとなった旧夕張鉄道の峠越区間をサイクリングされています。(「鉄道廃線跡を歩く」(日本交通公社1995年刊)による。)

しかしそれから20年以上の歳月が流れ、そのサイクリングロードも多くが潰されてしまい、痕跡を探すのは難しいようです。(「新廃線紀行・嵐山光三郎著」(光文社文庫)による。) ということで、今日は積雪もあり廃線紀行は諦めます。

鉄コレ第22弾「夕張鉄道キハ253」
夕張鉄道の車両です。さすがに保存車両はなさそうなので、手元にあった鉄コレ第22弾の「夕張鉄道キハ253」を掲載いたします。

岡山県の吉ヶ原駅に保存されている夕張鉄道の車両の前部
・・・と思いきや、前部のみながら、実車をご紹介!! 夕張鉄道から岡山臨港鉄道に譲渡され、同線廃止後に保存されたものの、老朽化により解体。かろうじて前部だけ、先日訪れた岡山県の旧吉ヶ原駅で保管されていました。夕張鉄道との奇跡的な出会いです。

ゆうばり文化スポーツセンター
バスターミナルの近くにある「ゆうばり文化スポーツセンター」。立派な施設で、財政破綻前に建設されたのでしょうか。なおここ若菜地区も炭鉱住宅が立ち並んでいたそうですが、現在は小奇麗な公営住宅が何棟か建っています。


バスターミナルの待合室は暖房が効いていて快適です。そのうち、夕張鉄道の大型観光バスを貸切にした「お買物バス」が到着、年配の方が数名乗車されました。

このバスは栗山町にあるスーパーマーケットへの送迎用で会員登録が必要のようですが、無料だそうで、2往復のうち今日の午前便は満員の盛況ぶりだったそうです。

確かに、後程歩いてみた市役所周辺の市街地にはスーパーマーケットは無く、夕張駅の近くにコンビニ(北海道名物「セイコマ」)があるのみで、日常的な買い物にも困りそうです。

夕張市の人口は炭鉱最盛期の1960年が11万7千人、財政破綻した2006年には1万3千人となり、更に今は8千6百人とのことです。買物に行くのに送迎バスが必要な生活は不便で、人口減少の理由を目の当たりにした思いです。

バスターミナル13:46発の社光行バスに乗車。夕張支線沿いの谷間を北上し、市役所のある市街地でお年寄りが下車されると、乗客は私だけ。

市街地を抜け、坂道を少し進んだところが終点の社光バス停です。乗車時間は約15分。周囲には研修施設のような建物がありますが、施設名の表示はなく、人影もありません。また他に人家等の建物はなく、周囲は雪に覆われています。


夕張市街地と小学校、中学校、高校そして清水沢駅を結ぶ市内バスに乗車。乗客は私の他に、お年寄りが1名だけ。


終点の社光バス停に到着。周囲に人家はありませんが、一日8回、バスが発車します。雪の多い地方でも、ノンステップバスを見かけるようになりました。塗装から推測すると、都営バスの中古車両でしょうか。


以前はもう少し先の旧「石炭の歴史村」まで、バスは運行されていました。1985年までは国鉄夕張駅のあった場所に建設された観光施設でしたが、夕張市の財政破綻後に遊園地やロボット大科学館等は閉鎖、撤去され、最近は「石炭博物館」が期間限定で公開されています。気になるのは「SL館」で、撤去はされていないものの、公開もされていないようです。

なお、夕張駅は1985年に現在の夕張市役所付近の夕張鉄道夕張本町駅跡に移設され、営業キロは1.3km短縮、さらに1990年、リゾート開発に伴い夕張市末広2丁目のホテルマウントレースイ前に移設(営業キロ0.8km短縮)されて現在に至ります。


本日は営業していませんが、それを承知で近くまで行ってみることにします。


この奥に北炭夕張炭鉱と国鉄夕張駅(第1次夕張駅)があったと思われます。雪でわかりませんが、右側の空き地は駐車場か空き地となっているようです。


学校跡を宿泊施設とした建物と思われますが、窓ガラスが割れ、利用されている気配はありません。市内の小学校、中学校及び高校を各1校に統合したため、至る所に学校跡と思しき建物が残っています。


「石炭博物館」らしき建物が見えてきましたが、まだまだ距離がありそうなうえ、坂道なので、ここで断念して引き返すことにします。


旧「石炭の歴史村」は夕張市の財政破綻の一因となってしまったようですが、日本の高度経済成長を支えた夕張の炭鉱については、産業遺産として後世に伝えていく価値があります。何とか「石炭博物館」と、「鉄」の立場から「SL館」も維持していただきたいものです。

雪も舞ってきたこともあり、市街地を通って夕張駅まで歩くことにします。時折、自動車は通過しますが、歩いている人はいません。歩道はあるものの、補修が行き届いていないためか、崩れたり穴があったりして、夕張市の現実を実感します。

夕張市役所横の市民会館裏に夕張鉄道の旧夕張本町駅、後には国鉄夕張線の第2次夕張駅があったそうですが、積雪で接近することはしませんでした。その市民会館も築50年以上で耐震性の問題等により2015年3月31日に閉鎖されています。


炭鉱会社の病院を引き継いだ市民病院ですが、財政破綻により現在は「診療所」として運営されています。


夕張市役所(右)と閉鎖された市民会館(左)です。市民会館の裏に夕張鉄道の旧夕張本町駅、そして第2次夕張駅がありました。


右奥のビルが、故宮脇俊三先生も宿泊したホテルシューパロ。映画祭で知られる夕張。この辺りには映画看板が至る所に設置されています。なお、この3月上旬には「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2017」が開催されています。


市街地を南側から望みます。左上が市役所付近で、坂道が多いです。


さらに夕張駅方面に進んで、市街地を振り返ります。中央から右側の建物は、閉鎖された小学校と中学校です。


夕張駅へ向かい、2kmほど市街地を歩きました。閉鎖された公共施設が目立ち、平日の日中ながら人影のない街並み。寂寥感が募りました。しかし、20年かけての借金返済(現在の残高約236億円)の折り返しとなった今年度からは、人口減に歯止めをかけるべく積極的な施策も用意されているようで、また10年後の夕張市の姿を見てみたいものです。

さらにその一方で、夕張支線は2019年3月限りの廃止が濃厚となりました。夕張市長によると「攻めの廃線」とのことですが、どうなるのでしょうか。そんな夕張支線の終点、夕張駅まであともう少しです。


【乗車記録】

・本社バスターミナル13:46→社光13:59 (夕張鉄道バス)


⇒次:石勝線・夕張支線の乗車記録


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