宗谷本線の名寄から、旭川、新千歳空港経由で名古屋に帰宅

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道央道北・乗り鉄の旅(その16):宗谷本線の名寄から帰宅へ

主に青春18きっぷを利用した「駅弁」と少し「呑み鉄」、そして時々「撮り鉄」の旅を名古屋からお届けします。

昨年(2016年)11月、JR北海道から「当社単独で維持することが困難な路線」として、13線区が発表されました。半ば予想された展開とは言え、こうなると乗りたくなる浅はかな私。2017年3月、宗谷本線などへの「乗り鉄」の旅に出掛けました。



鹿ノ谷駅の時刻表が物語る夕張支線
夕張市内を歩く
石勝線・夕張支線の乗車記録
札沼線・豊ヶ岡駅を再度訪問してきた
新十津川駅で写真を撮る
滝川駅で写真を撮る
留萌本線・末端区間廃止後の初の乗車
沿岸バスの旅・留萌~羽幌まで
沿岸バスの旅・羽幌~豊富まで
宗谷本線・豊富駅~南稚内まで
バスでノシャップ岬・雄大な利尻富士
稚内駅周辺を徘徊
宗谷本線の車窓・絶景と秘境駅を眺めながら(その1)
宗谷本線の車窓・絶景と秘境駅を眺めながら(その2)
深名線と名寄本線・廃線前の思い出
⇒宗谷本線の名寄から帰宅へ(←今ここ





宗谷本線「快速なよろ」で名寄から旭川まで


稚内を10:27に出発して、名寄には14:23の到着。4時間近い各駅停車の旅ながら、利尻富士や天塩川の風景、次々と出現する秘境駅に目を奪われ、全く飽きることがありませんでした。

北海道の鉄道の車窓風景は、どの路線も素晴らしいのですが、この宗谷本線北部の風景はその中でも群を抜いて素晴らしいものでした。

施設の保守や収入の面で厳しいことは容易に想像されますが、ある意味、貴重な財産とも言えるこの車窓風景を有効に活用し、多くの方に楽しんでいただけるような施策を期待したいところです。本当に宝の持ち腐れのような気がしますので。

さて、もうお腹一杯といった感じですが、今日は新千歳空港から名古屋に飛びますので、まだまだ先は長いです。

名寄駅の外観
風格のある木造駅舎の名寄駅。外観は補修されていて、以前訪れた時より美しくなっています。

名寄駅に停車中の快速なよろ
キハ54(14:23着)から左のキハ40(14:35発)に乗り換えです。

快速なよろのサボ
快速「なよろ8号」に乗車です。


名寄からはキハ40の快速列車に乗車。ボックスシートはやはり落ち着きます。何より、窓と座席の位置が一致しており、どの席からも平等に車窓を楽しむことが出来るのは、良い点です。(当然といえば当然ですが・・・)

車内は部活高校生など地元のお客さんが増え、相対的に「鉄分」が減ります。また、無人のボックスシートはなく、久々に「普通」の鉄道に乗車した感じがします。

キハ54の方が2台エンジンで高性能なのですが、この列車は快速であり、また名寄~旭川間は高速化事業により地上設備が改良されていることもあり、キハ40ながらなかなかの高速度で走行します。

士別駅の手前で天塩川を渡り、ここで長く車窓を楽しませてくれた天塩川の本流とはお別れです。士別では多くのお客さんを迎え、剣淵、和寒と続く停車駅でも乗降があります。この間、秘境駅ランク34位の北剣淵駅も通過したようですが、車窓からじっくりと観察することはできませんでした。

名寄盆地の車窓風景
名寄盆地を快調に飛ばします。広大な農地に人家が点在し、人煙稀な土地ではなくなりました。なお、稲作の北限がこの名寄盆地だそうです。

塩狩駅を通過
塩狩駅を通過します。交換となる快速「なよろ3号」は運転停車中。この辺りが天塩川水系と石狩川水系との分水嶺でしょう。峠は雪が一段と深いです。


峠を下ると、上川盆地です。雪に覆われた農地の中に、建物が目立つようになります。そして比布駅、永山駅では多くの乗車があり、旭川到着時にはデッキや通路には立っているお客さんもいました。

比布駅の駅舎の外観
昨年、駅舎が新築された比布駅。立派な駅舎で、この駅から列車の本数が増えますが、無人駅です。

参考比布駅のピピカフェのメニュー・美味しくてお洒落


【乗車記録】

・稚内10:27→名寄14:23 キハ54-512 1両
・名寄14:35→旭川16:01 キハ40-726 1両





旭川から名古屋まで


さて本日は、新千歳空港発20:05の飛行機で名古屋に帰ります。旭川発16:12の岩見沢行普通列車に乗り、そのまま快速列車等に乗り継ぐと、新千歳空港には19:27に到着します。乗り継ぎ時間は30分強、ちょっと時間が少なく心配です。

そこでもう少し早い時間に新千歳空港駅に着くため、止むを得ませんが「飛び道具」を使用することにします。調べてみると、滝川~岩見沢間で特急に乗ると、30分早い18:57に新千歳空港駅に着くことができ、しかも同区間は50㎞未満で、自由席特急券が620円と安くなるため、費用対効果が大きいことから、この案を採用します。


旭川で岩見沢行の電車(左)に乗り換え。


ちなみにブルジョア階級に属している同行のP氏は、「北海道フリーパス」を利用しているため、特急の自由席も乗り放題なのですが、もう少し無産階級の私に付き合ってくれるそうで、一緒に旭川から普通列車に乗ります。

旭川からの普通列車は、さすがにお客さんの「鉄分」は薄くなり、多くが地元の方のようです。滝川から乗り換えた「ライラック34号」は、旭川で網走からの特急「大雪」に接続している関係か、ほぼ満席で座れず。そして岩見沢から乗った区間快速列車内で、完全に日が暮れました。

私は白石で千歳線に乗り換え。今日は札幌泊のP氏とはここで別れます。孤独を愛し、一人旅の多い私。「あなたは一人旅の人だから・・・」と去っていった女性も数知れず。(ウソ)

しかし今回は、30年来の付き合いであり、旅慣れているP氏との旅ということで、余計な気を遣うことも無く、その一方でP氏的視点による発見、再発見も多く、非常に充実した素晴らしい旅でした。お付き合いいただいたP氏には、本当に感謝の念で一杯です。

思えば学生時代から結婚前の20代の頃までは、足繁く北海道を旅したものです。その後、子育てが一段落し、再び旅の時代が訪れた頃には、「北斗星」「はまなす」といった北海道行夜行列車の廃止が噂されるようになり、それらの列車に乗ること自体が目的となり、道北や道東に足を延ばす余裕はありませんでした。

そして現在。航空運賃がリーズナブルになり、私の中では鉄道で渡道という選択肢がなくなった結果、皮肉にも道内での滞在時間が増え、今回は稚内まで足を延ばすことができました。

朝、ノシャップ岬で利尻富士を眺め宗谷本線を普通~快速列車で走破し、その日のうちに名古屋の自宅に帰ることが出来るとは驚くべきことで、心象風景の切り替えが追いつかないような戸惑いも感じました。

一方、宗谷本線の乗車は久しぶり過ぎて、その車窓風景は初乗りに準じた新鮮さでした。石北本線や根室本線も久しく乗っていないので、心身とも健康なうちに是非とも乗車しておかなくてはと、心に誓った次第です。


ロイズや六花亭など、有り勝ちなお土産を素早く購入し、搭乗口に向かったところ、機材到着遅れのため、中部国際空港行の出発は20分ほど遅れるとのこと。結果としてですが、滝川~岩見沢間の「飛び道具」利用は無駄でした…。 ところで、復路もスカイマークの「いま割」利用で、9510円でした。名古屋から東京までの新幹線並みの料金です。これなら何度でも北海道を旅できそうです。


参考旭川の超絶トレインビュー・ホテルWBFグランデ旭川


【乗車記録】

・旭川16:12→滝川16:55 モハ721-1 3両 ・滝川17:02→岩見沢17:29 特急「ライラック34」モハ788-206 6両  
・岩見沢17:35→白石18:10 クハ733-205 3両  
・白石18:18→北広島18:34 クハ721-2 6両  
・北広島18:37→新千歳空港18:57 クハ721-4103 6両  
・新千歳空港20:25(定刻20:05) →中部国際空港22:15(定刻22:00)(スカイマーク)
・中部国際空港22:47→名鉄名古屋23:24 2303 6両



衝撃の事実が判明!


今回の旅では「宗谷岬」に行けなかったのが心残りでしたが・・・なんと!その昔、訪れていたことが判明しました!!写真を見て初めて記憶が蘇りましたが、それまで全く忘れていました。これはまさに「恍惚の人」に近づきつつあるようで、ショックでした。

急行利尻
定番コースであった急行「八甲田」~津軽海峡線、函館本線を乗り継ぎ、急行「利尻」で稚内へ行きました。(1991.3.3)

音威子府駅に停車中の急行宗谷
稚内で折り返して音威子府にも行っています。この時に駅舎内で蕎麦をいただいたのでしょう。(1991.3.4)

宗谷岬(1990年代)
何と何と!これは間違いなく宗谷岬ではありませんか!!全く記憶がありませんでした…。 (1991.3.5)

宗谷バス「ポールスター号」
稚内から紋別まで、「ポールスター号」という臨時の直通バスが運行されていました。このバスが休憩を兼ねて宗谷岬に立ち寄ったのでした。ちなみにこの時の稚内での宿泊先は、今回P氏が泊まった「ホテル宗谷」でした。(1991.3.5)

夜行急行大雪
宿泊費節約のため、札幌折り返しで急行「大雪」に乗りました。 しかし、本当に何回も北海道を旅していたものです。 (1991.3.6)


(今回の旅はこれでおしまい)


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