盛駅周辺の様子と岩手開発鉄道の思い出など

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震災後、初めて訪れる三陸の旅(その6)・・・盛駅周辺を徘徊

主に青春18きっぷを利用した「駅弁」と少し「呑み鉄」、そして時々「撮り鉄」の旅を名古屋からお届けします。

忘れもしない東日本大震災、この2018年3月で7周年を迎えます。その被災地である三陸地方は幾度となく旅した地ですが、震災以来、初めて訪れましたのでその模様を報告します。



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⇒盛駅周辺を徘徊(←今ここ
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仙石東北ラインに乗車してから名古屋に帰還


 


盛駅と駅前の様子、岩手開発鉄道の思い出など


盛~気仙沼間の大船渡線は鉄道としての復旧は叶わず、バス転換されました。ここではすぐに接続するバスを見送り、次に発車するバスに乗ることとし、46分間の待ち時間の間に駅周辺を徘徊してみます。

三陸鉄道の盛駅とJRの盛駅
左側が三陸鉄道の盛駅で、右側がJRの駅です。両駅とも有人で、JRは鉄道の駅ではなくなってしまいましたが「みどりの窓口」もあります。中心街は隣の大船渡駅なのか、近くにスーパーはあるものの、駅周辺は静かな住宅街といった雰囲気です。駅にキオスクはなく、駅前にコンビニもないので、食糧調達は要注意です。

三陸鉄道の36-105号
1984年4月の開業時から活躍している36-105号は「奇跡の車両」として知られています。東日本大震災の日、吉浜~唐丹間を走行中に、地震による落橋に巻き込まれ転落する寸前に、トンネル内で警報を受信し緊急停止して難を逃れたとのことです。単なる機械である鉄道車両ながら、「運」を感じますね。本日は盛駅側線に留置されていましたが、有難く拝んできました。

盛駅を発車する気仙沼行バス
盛駅を発車する気仙沼行バスです。大船渡線の線路があった部分がかさ上げのうえ、舗装されバス停になりました。違和感が満載な光景ですが、三陸鉄道との乗り換えは便利です。跨線橋の存在意義があるのか、わかりませんが・・・。





盛駅の構内
盛駅を南方から眺めます。大船渡線の線路敷はバス専用道路になりました。三陸鉄道南リアス線の車庫はここにあります。

大船渡線ホーム、三陸鉄道ホームと岩手開発鉄道の盛駅
バス停と化した大船渡線ホームの反対側に、三陸鉄道のホームと線路があります。その隣には岩手開発鉄道の盛駅があります。岩手石橋~赤崎間11.5㎞の岩手開発鉄道は、平日に13往復の貨物列車(石灰石輸送)が設定されていますが、日曜日の今日は運休で空車の「ホキ」が留置されていました。

岩手開発鉄道の盛駅
岩手開発鉄道は1992年(平成4年)まで、盛~岩手石橋間で旅客営業を行っていました。盛駅のホームは旅客営業時と変わらぬ姿で残されていました。

岩手開発鉄道の盛駅とキハ202(1989年)
旅客営業があった頃の盛駅です。主力車両は写真のキハ202で、盛~日頃市間が3往復、日頃市~岩手石橋間が2往復の運行で、「乗り鉄」泣かせの路線でした。しかし路線バスが並走していて、地元の方に不便はなかったようです。(1989.3.6)

岩手石橋駅に停車中のキハ202
終点の岩手石橋駅に停車中のキハ202です。この車両は旅客営業廃止後、10年ほど盛駅構内に留置されていましたが、解体されてしまいました。(1989.3.6)

岩手石橋の駅舎
岩手石橋の駅舎です。この駅舎は現存しているようです。(1989.3.6)

岩手開発鉄道の乗車券
盛~岩手石橋間9.5㎞の片道が120円で、当時のJR幹線で同距離190円と比較しても格安の運賃設定でした。しかし利用者は少なく、当時の輸送人員は全国私鉄の中でも最低だったそうで、まさに貨物輸送の「おまけ」のような存在でした。


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